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「つながり」について2 [記事]

 「つながり」と言えば、もうひとつの「つながり」について述べなければならないでしょう。

 私は三人の子どもがいますが、次男のこうきは現在9歳、特別支援学校に通う小学4年生です。
 彼は、自閉症という障害(できれば特質と言いたいのですが)を持っています。
 幼い時に、この障害が疑われてからは、相談センター、病院、療育機関など、いろんな場所を巡り、
さまざまな方たちにお世話になりました。
 臨床心理の先生、保健師、保育士さんや、病院の先生、看護士、作業療法士、言語聴覚士の方々に、こうきをみていただいたり、相談をしたり、アドバイスをいただいたり、という中で、私はこうした仕事がどういうものなのか、初めて理解することができました。
 つまり、ひつじ雲の仲間の仕事のことを、わずかながら、知ることができたのです。

 こうきが幼い頃は、さまざまな機関を通い歩くことに疲れてしまって、どうしてこんなに大変なんだろう、という思いからなかなか逃れることができませんでした。
 けれども、ようやく少しずつ、こう思えるようになってきました。
 こうきがいたから、いろんな人たちと出会えることができたのだ。これは、こうきと私にとっての大切な財産なんだ、と。
 
 そして、今再びこうきのおかげで、臨床心理士、保健師、看護士、言語聴覚士の仕事をしている仲間、また同じく子育ての悩みを抱える仲間たちと「つながる」ことができる、そんな気がしています。
                                                             (まあちゃん)
 







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りえぞん~「つながり」について [記事]

 はじめに、教育周辺問題探検隊「ひつじ雲」とは・・・

 二十数年前、大学の教育学部の学生が中心となって始めた集まりでした。
 その名の通り、教育の周辺にある問題について考えたい、普通の学校以外の場所にいる子どもたちのことを知りたいというところから始まった活動でした。

 当初、病院に長期入院している子どもたちはどうしているんだろう、何か手助けできないかという思いから、小児科病棟を訪問する活動を始めました。その後、不登校の子どもたちの会~「ありんこの会」に参加するようになりました。ほんの短い期間でしたが、自分にとって、週一回「ありんこの会」へ通って子どもたちと話をしたり、バレーボールを一緒にやったり、という経験はそれまでにない貴重なものでした。
 また、教護院や少年院、病院内学級や夜間中学、インターナショナルスクールなどの学校や施設を見学し、さまざまな場所にさまざまな子どもたちが生きていることを知ることができたのも、大きなことでした。


 自分自身、教員を目指して教育学部に入ってみたものの、学校というところが子どもたちにとって本当に魅力ある場所なんだろうか、という根本のところで疑問を抱えていました。他のメンバーも、みな同じような思いを持って「ひつじ雲」に集まってきていたのだと思います。ちょうど1980年代、校内暴力やいじめの問題が噴出し、つらさを訴える子どもたちのことが表に出はじめた時期でもありました。
 「ひつじ雲」の活動は、教育についてあれこれ自由に考え、ものを言うことができる、とても刺激的な場所でした。仲間とのかかわりやいろいろな人たちとの出会いを通して、それまで考えていた「教育」の枠が少しずつはずされ、ゆるやかに広がっていったような気がします。
 私たちは、毎週の学習会の成果や、それまでの活動の報告を合わせて、「りえぞん」という小冊子をつくりました。「りえぞん」とはフランス語で「つながり」を意味する言葉です。メンバー同士のつながり、そして活動を通して知り合った人たちとの「つながり」を思ってつけた名前でした。


 結局、卒業後、自分は教育とは異なる職種に就きました。
 ずっとその場所からは遠ざかっているものと思っていましたが、思いがけず、数年前から“学校”と名のつく場所で仕事をすることになりました。
 そして、その新しい職場である私立の通信制高校には、さまざまな理由から不登校を経験してきた生徒が多く通って来ていました。
 二十数年前のわずかな期間通った子どもたちの会と、今が、また細々と「つながった」ことに、何か不思議なものを感じながら、日々を過ごすことになりました。
                                                            (まあちゃん)



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再スタートにあたって [記事]

 子どもは、普通の学校以外の場でも、じつにさまざまな姿で生きている。このグループの活動に参加しているメンバーの共通の思いをあえて言葉にすればこんな形になるだろうか。とくに病気や障害をもっている子どもに実際に触れることによって得たものは少なくない。
 このグループの活動は、3つの部分からなっている。第一は小児科に入院している子どもを定期的に訪問し、学校や家庭から離れている子どもに何か援助できることはないかを探ること、第2は病気や障害をもつ子どもがどのような問題を抱えているかを文献のうえから学ぶこと、そして第3はそのような子どものいる施設や学校を見学・参観することである。
 子どもの病気や障害とひとくちにいっても、それは多種多様である。心臓病や腎臓病といった慢性疾患をもつ子ども、視覚・聴覚障害をもつ子ども、重症心身障害児ばかりでなく、「不登校」の子どもも、「非行」や「問題行動」を繰り返す子ども、罪を犯した子どもも広い意味で<病い>をもっているということができる。しかし重要なのは、これらの<病い>がけっして子どもの例外的な姿でも、<不健康>として片付けられるべきものでもない、という点である。子どもはそのような<病い>をも「生きる」のである。
 子どもはひとりひとり個性をもっている、ということを頭で理解していても、そのことを実感できる場はそれほど多くはない。
 このグループの活動のことを説明すると、グループ名の「周辺」をいうのがいいですねという人が多い。何でもそうだが中心にいると見えないものが、ちょっとはずれるとよく見えてくるということがあるとすれば、「教育」もそうなのかもしれない。

 追補:本稿は、1987年に「ひつじ雲」が活動を開始した際の自費出版報告序文である。序文を書いてくださったのは、私たちの「仲間」として活動してくださったゼミの先生だった。このことには、本当に今でも感謝の言葉が見つからない。

 当時、私たちは教師を目指していた。この活動を通じて、結果的に義務教育の教員になったものは、いない。なぜだろう。20年がたって、それぞれのフィールドで感じてきたことを再びもちより、子どもの育ちについてあらためて考えてみたい。
 この20年で、少なくとも「不登校」は人口に膾炙した。<病い>とは、とくべつなことではなく、私たちすべてが内包している性質(ユング派のクレイグによれば、人間の行動の型である「元型」には病者のそれもあるという)であるということができる。
 教育に内包する可能性と危機は、何だろうか。                              (ムナウド)


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